コロナ禍で映画鑑賞はしばらくご無沙汰でしたが、映画館再開後の最初の一本となったのが、『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』です。
原作は、1868年に出版されたルイーザ・メイ・オルコットの自伝的小説『Little Women』(原題)で、出版から150年以上たった今も映画にアニメ、舞台化され、世界中で愛されている物語です。
舞台は南北戦争時代のアメリカ。父親は出征中のため不在ですが、信仰心あつい母親と4人姉妹が織りなす暮らしが物語の中心にあります。けっして裕福ではないけれど、たがいに助け合いながら、出会いをとおして少女から大人へと成長していく過程が描かれています。
おそらくR45世代であれば、書籍、アニメ、映画など、何らかのコンテンツをとおしてこの物語にふれていることでしょう。とくに女性であれば、それぞれ異なる4人姉妹のキャラクターに、自分自身をおのおの投影していたかもしれません。
国も時代も家族のカタチも違うはずの『若草物語』が、150年以上も世界中で読み継がれてきた理由について、監督のグレタ・ガーウィグは今回の映画化への意欲もこめて、こう語っています。
「私はこの原作が本当に伝えたいことは何か、はっきりとわかっていた。アーティストとしての女性、そして女性と経済力。オルコットの文章にはその全てが詰まっている。でも、この物語が持つその側面はまだ映画として探求されたことがなかった。私にとって、この作品は今まで作ったどの映画よりも自伝的なものだと感じている」
『ストーリーオブマイライフ/わたしの若草物語』プロダクションノートより
プロダクションノートにもあるように、原作者のオルコットはその時代のある中流階級の家庭を切り取っただけでなく、どの時代にも共通する普遍的なテーマを描いています。
金銭と芸術、愛と個人の満足、理想と現実、家族への思いやりと自分の気持ち。こうした葛藤は、現代的なものに思えるが、これらはオルコットが掲げたものだ。
『ストーリーオブマイライフ/わたしの若草物語』プロダクションノートより
『若草物語』が出版された当時は、社会的には女性は男性に従属する立場でしたが、それから150年の年月を経て、ようやく女性が社会の主役として躍り出るようになりました。
いまや結婚や家庭、仕事のキャリアとの両立などに悩み、葛藤している女性は、むしろ150年前よりも増えているのではないでしょうか。
そうした文脈で『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』を読み解くと、グレタ・ガーウィグ監督がこの映画でとった現代的なアプローチは、それぞれのキャラクターに新たな生命をあたえ、現代女性の葛藤をあぶり出したともいえます。
そして、この映画の魅力はなによりも、その葛藤と悩みの先にあるオンナの成功と幸せのあり方を提示したところにあります。
女の幸せと結婚
『若草物語』は、「女性の幸せは結婚で決まる」と考えられていた時代の物語でもあります。そして、その定義が絶対ではなくなった現代、『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』では、4人の姉妹の選択をとおして、観る側が「幸福と結婚観(家族観)」について、自分と照らし合わせて考えられるようになっています。
女が自分の力で生きていくことは夢物語。将来を考えるうえで一番大事なことは、お金持ちの「いい夫」と結婚することが大前提の時代。
長女のメグは、叔母さまのいう「いい夫」とは真逆の「貧乏な男」との結婚を選びます。家が裕福だったころのかつての暮らしを記憶している彼女は、社交界でのステキな出会いを夢みていましたが、お金はなくても愛し愛される人と「家庭をつくる」ことを選択します。
二女のジョーは、世界に通用する小説家になりたいという夢があり、当時の女性が抱くような結婚観は持ち合わせていません。隣人のローリーからの告白も断り、結婚ではなく、文章を書くことで独立したいと考えています。
四女のエイミーは、絵を描くのが得意で芸術家を目ざしますが、姉妹がそれぞれの道をすすむなか、家族のために自分はどうすべきかを考えている繊細な一面があります。
野心家なところがあり、姉のジョーとぶつかることもありましたが、ジョーとは違い、その野心を芸術家になる夢ではなく、お金持ちとの結婚に向けます。
女がぶつかる理想と現実
長女のメグが望む「愛する人と家庭をつくる」ことにも、生活という現実がのしかかります。
もともと着飾ることが好きなメグは、自分に似合う生地でドレスを作ろうとするも、夫のコートを新調するためにお金が足りず、返品しなければなりません。
ひと時代前の叔母の価値観をそのまま受け継いだエイミーは、「結婚は経済問題」だととらえることで、自分の本心を押し殺します。
結婚願望がないジョーは、作家として家族を養いたいという理想を持ちながらも、現実の壁は厚く、本来書きたいことではない作品で原稿料をもらい、作家としての岐路にぶち当たることになります。
愛のために自分を犠牲にしなければいけない?
しかし、メグは自分が着飾る喜びよりも、愛する人の防寒着を買うことを喜んで優先させました。彼女の夫は自分を犠牲にして、メグにキレイになって欲しいと高いドレスを作ることを承知したのですが、メグ自身が自分よりも家族を思いやることで幸せを感じていることに気がつきます。
メグは結婚生活をとおして、真の喜びに目覚めていくのでした。
そして、自分よりも他者を思いやることの最上級者が三女のベスです。
もともと体が弱いベスでしたが、自分たちよりも貧乏な他人の家族に施しをすることを欠かさず、その結果、しょうこう熱にかかってしまいます。それが元で衰弱していき、若くしてこの世を去りますが、最期まで家族のことを思いやり続けます。
ベスは、いわば周りの人が幸せでなければ、自身が幸せになれないと考える、4人姉妹を凝縮したような存在でもあるのです。
このベスの存在がジョーの心を動かし、ジョーは彼女のために、自分たち家族の物語を書く決意をします。
原稿料を稼ぐためでなく、出版社が望む物語ではなく、ただ愛のために、自分たちの物語を残そうとするジョー。そうして一心不乱に創作に没頭し、書きあげたのが『若草物語』でした。
知ってのとおり、『若草物語』の出版は大成功します。
さらに、ジョーは愛し尊敬する人と結婚し、彼女の理想であった「家族のために稼ぐ」ことも成しとげることになります。
愛のために犠牲になるのではなく、愛が原動力となって、理想を現実に引き寄せられることを体現していくジョー。
エイミーも最終的には、家族のための結婚ではなく、愛する人との結婚を選び、それが彼女にとってもっとも自然なカタチだということに気がつきます。
1949年版『若草物語』にはあのシーンがない
『若草物語』はこれまでにも映画化されていますが、製作時期にバラつきがあることから、それぞれの時代が、同じ映画に何をもとめているかを考えてみることができそうです。
今回は、70年前の1949年に公開された『若草物語』と、2019年版の『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』を比較し、この70年で女性の立ち位置がどう変わってきたのかを検証してみます。
1949年版は、配給会社MGMの25周年記念作品として製作された初のカラー版でもあり、映画監督は『オズの魔法使い』を製作したマーヴィン・ルロイ、ジョー役に『グレンミラー物語』のジューン・アリソン、四女のエイミーにエリザベス・テイラーと、豪華なラインナップになっています。
この2本の大きな違いは、『若草物語』の出版時のエピソードの有無でしょう。
2019年版では、製本されるまでをジョー自身がしっかりと見届け、さらに著作権の管理を出版社でなく、自身でおこなうと交渉する場面が描かれています。
このことによって彼女の「家族のために稼ぐ」理想が現実となったわけですが、1949年版では、未来のジョーの夫となるベア教授が、製本されたものを届けるシーンになっています。
彼女が自分で成功を勝ち取ったことを描くのでなく、(未来の)夫が夢を届けるという演出です。もちろん、出版社との著作権についての交渉シーンもありません。
その当時にしても、女性が独立してお金を稼ぐことがいかにむずかしく、またそういったことが稀有であったかがみえてきますね。
オルコットは社会的な制約を破り、まるでその時代のJ.K.ローリングのように著作権を管理し、結婚でも相続でもない形で世界に認められるという自分だけの道を築いた。その道は現代にも続いているとガーウィグは考えている。
『ストーリーオブマイライフ/わたしの若草物語』プロダクションノートより
また1949年版では、夢がかない、未来の夫と結ばれてめでたしめでたし、という終わり方になっていますが、ガーウィグ版では、「その後」がちゃんと描かれています。
夢をかなえた後の図には、愛する家族がいて、その家族が幸せに暮らせるだけの力を持つことができる。その役割が女性にもできるんだということを、しっかりと伝えているように映ります。
再考・オンナの幸せとは
結婚して家庭を持つだけで幸せになることはなく、いかにその後を自分たちらしく生きていくのかを考えなくてはならない「今」。
そして、それは150年前から続いててきた願いでもあります。
何かひとつだけを手に入れるのも大変なのに、それでもすべてを手に入れようともがき続けるオンナたち。
少女時代、大人になってからの理想と現実、結婚と家庭、愛しい人との別れ、仕事のキャリア。わたしたちが必ずとおる道でぶち当たる「何をどう選ぶのか」を、この4人姉妹の物語をとおして考えていくと、そこに小さな希望があるように感じます。
この物語をとおして、自分をなぐさめ、鼓舞していく女たちが、また新しい時代をつくっていくのかもしれません。
『若草物語』のポテンシャルを、『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』が大いに引き出したことで、幅広い世代に響く作品になったのではないでしょうか。