おうち時間が長くなると、ゆっくり本を読んでみようと考えている人も多いのではないでしょうか。そこでメモリアルアドバイザーの砂田がおすすめする本は、高殿円さんの「戒名探偵 卒塔婆くん」です。
主人公は、高校生の金満春馬(かねみつ はるま)。江戸時代からつづく由緒ある寺の次男坊です。
住職代行の兄がぶち当たる数々の難問。それは、そのまま弟の春馬にぶつけられ、兄に頭が上がらない春馬は、同級生の外場薫(そとば かおる)に助けをもとめ、彼とともにその難問をといていきます。
外場くんは墓石を一目見ただけで、墓が建った年代はおろか、そこに入っている人間の身分、性別、宗派、そしてどういう人物だったかさえ見抜くことができる、人呼んで「戒名探偵」なのです!
本のタイトルと同じ章題の一章目では、さっそく戒名探偵の能力を発揮して、境内墓地の無縁墓の持ち主を探しだします。
無縁墓の持ち主を探し出せ!
その墓は、墓地造成のため境内の松林を整備し、地中から出てきた墓石で、
清室浄蓮信女
という戒名が刻まれています。
外場(卒塔婆)くんは、この墓石の戒名の横に彫ってある文字に目をつけます。
〇政丙辰(ひのえたつ) 八月二十五日
年号の一部が欠けているため、亡くなった年がわからないという春馬。
「〇政っていっても、寛政もあれば文政もあって、安政もある。安政は七年続くし、寛政と文政にいたっては十三年もある。とても絞りきれないよ」
それにたいして、天才・外場くんは、
「丙辰、つまりこの方がお亡くなりになったのは、寛政八年か、安政三年しかありえません。文政年間に丙辰はありません」
と断定するじゃないですか。
「……いつも思うんだけど、なんで外場は一般人なのにそんなこと知ってんの?」
と感心する春馬に、
「なんでキミは寺の息子なのにこんなことも知らないんです?」
と返す外場くん。彼と春馬(きっとおなじく読者も)は、そもそも知識のレベルが違うということです。
「どちらの時代にしても一般庶民は名字などもっていないころです」
ほとんどが土葬だった時代、一般庶民が墓石など建ててもらえるはずもなく、それらしい石をつんで終わりだったはず。
「……とはいえ、位号が信女というからには、有名な武家の出ではないと思います」
と外場くん。
そもそも現在の檀家制度は、キリスト教を否定し、江戸幕府が年貢を効率よく徴収するために、寺に人の生き死にを管理させたのがはじまりと言われている。その結果、幕府が士農工商という身分制度を採用していたため、供養のために与えられる戒名にも明確な身分差が出てくることになった。
「たしかに院殿号がないから、すごい家の人じゃないのはわかるよ。今じゃ金持ちはたいてい院居士だけど、当時は町人だってめったに信士信女すらつけてもらえなかったらしいから」
春馬も兄の受け売りで答え、二人の会話はいつのまにか戒名の歴史の話になっていきますが、ひとつだけ分かるのは、位号を用いない浄土真宗ではないということ。
しかし、それ以上のことがわからず途方に暮れる春馬にたいして、外場くんは消去法で、戒名の人物の輪郭を描いていきます。
- 「浄」がつくので浄土宗
- 「室」がつくので女性、さらにその隣に夫の墓が建っていたはず(「室」はなにがしかの妻という意味で、この時代であれば夫婦連名が多いが、この墓石は奥さん一人だけの戒名が彫ってあるので、隣に「〇〇浄信士」という夫の墓が並んで建っていた可能性が高い)
- ほかにも「蓮」と戒名に入っている墓石を探してみる
外場くんの言うとおり、春馬の寺の墓地には「蓮」がついた戒名の墓が見つかり、さらにそれらの人々はみな同じ日に亡くなっていることがわかりました。
安政丙辰八月二十五日。
安政三年、1856年です。
「八月二十五日は、蓮の季節には遅すぎます。戒名というのはたいてい亡くなった季節がわかるように一文字入れてあることが多く、「清室浄蓮信女」の中では、蓮のほかに季節を表す字が見当たらない。蓮は、もっと重要なことを意味している」と外場くんは説明し、共通して同じ日に使われたその字から、春馬が読みとったのは天災、それも「水死」で亡くなったということです。
そもそも春馬の家の寺は臨済宗で、そこになぜ浄土宗の宗派の墓が建っているのかも謎だったのですが、その当時江戸を襲った大型の台風による水害で、寺も被害に遭い、無事だった寺が他の宗派の墓も引き受けることになったと推察されたのです。
「蓮は水にも強く、大きく見事な花を咲かせる。それに仏教にも縁が深いありがたい花です。今世ではつらい目にあって命を落としたが、来世こそはお釈迦さまの縁に導かれて幸せになるように。生に花が咲くように。そして二度と水には負けないようにというメッセージが、たった一文字の戒名にこめられている」
外場くんは、こうして戒名とともに亡くなった日づけを特定し、あとは寺に残されている過去帳から、当時の記録を調べ、無事にその後裔の方に連絡をすることができました。身内の方がいたく感激してご先祖の供養をしたいと申し出て、さらに寺の改修にもけっこうな額の寄進も約束し、春馬の兄も喜ぶ、というのが第一章の大まかなストーリーになります。
外場くんのおかげで助かった春馬は、彼をほめたたえます。
「墓石だけではなく、卒塔婆があればもっとわかりますよ。卒塔婆というのは、たいていより詳しい情報を得られるものですから」とご満悦な外場くんに、春馬はこう返します。
「まさか、外場って名字もほんとうは、墓の後ろに立ってる卒塔婆から来てるんだったりして」
さて、外場くんの名前の由来はいったいどこから来ているのか。
本のラストの章では、その謎も明らかになりますが、そこにいたるまでにも数々の謎解きを解決する(おもに)外場くんと春馬。
なかには、仏教界への関心を集めるための知恵を出し合う超宗派の集まりに参加し、どうやって仏教ブームを創り上げ、盛り上げていくのかのコンサルまでやりだし、おそらく墓石業界だけでなく、寺院関係者が読んでも楽しめる内容になっていると思います。
わたしも仕事で古いお墓を探すときがあり、墓石からみえてくる歴史にワクワクすることがありますが、そういう好奇心をおおいに満たしてくれる小説なんです。
謎解き、歴史好きな人が満足できるのはもちろん、きっとお墓の魅力やポテンシャルがこの本から伝わってくるはず。
ぜひ、一読ください!
※引用文献「戒名探偵 卒塔婆くん」